東海第二原発で運転差止めの判決
先崎千尋(元瓜連町長)
水戸地裁で注目の判決
このところ、原発をめぐって動きがいろいろある。東京電力柏崎刈羽原発は不祥事が続発し、原子力規制委員会が事実上の運転停止命令を出した。同じ東電関係では、政府が福島第一原発の事故による放射性物質の汚染水を海に放出する方針を決めた。茨城県内では、3月28日に「脱原発」を掲げている自民党の秋本真利衆議院議員が水戸市で講演をし、同党の県議が反発、自民党内に波風を立てている。東海村では、同じ3月に原発推進派の勉強会が発足した。
県民にとっては、それよりもっと大きなニュースが3月18日にあった。日本原子力発電(原電)が進めている東海第二原発の安全性に問題があるとして、県内外の住民らが原電に運転の差し止めを求めた訴訟の判決で、前田英子裁判長が「実現可能な避難計画や、実行する体制が整えられているというにはほど遠く、防災体制は極めて不十分」だとして住民の請求を認め、運転を差し止めるように言い渡したのだ。
福島第一原発の事故前には、住民側の運転差し止めを求めた裁判ではほとんどが住民の敗訴に終わっていたが、その後の司法判断を見ると、地裁段階では住民側の要求を認める判断が多く出ている。35件が係争中で、住民側の勝利が7件ある。これまでに争われた内容は、地震、津波、火山の噴火などへの対策が十分かなどだったが、今回の判決は事故が起きた時、避難などで住民の安全を守れるかに注目したことで、水戸地裁の裁判官はこれまでの判決とは違う視点で判決文を書いている。
判決の中身は
まず判決要旨から、争点と裁判所の判断を見ていこう。
判決は最初に、「周辺住民は、原子炉の事故によって放射性物質が周辺に放出され、被ばくにより生命、身体を害される危険性が存在する場合、原発の運転の差止めを求めることができる。原発事故は多数の周辺住民の生命、身体に重大、深刻な被害を与えることになりかねないので、他の科学技術の利用に伴う事故とは質的に異なる」と書いている。
次に、原発の安全確保に対しては、国際原子力機関の深層防護の考え方を援用し、「事業者が取り得る防護策のレベル1から4までについては、原子力規制委員会が新基準で審査し、合格を与えた判断に過誤、欠落があるとは認められない」と、原電側の主張を追認した。争点となった地震や津波の想定、赤城山の噴火の想定は十分かという点については、「規制委の審査に不合理な点はない」と述べている。
しかし、今回の判決は、故障や事故の被害低減が目的の防護策レベル第1~4層が破られ、大量の放射性物質が漏れた際の防護策レベル第5層を問題とした。「放射性物質は放出されても影響を緩和する」という防護策を厳格に適用し、まず「避難を実現することが可能な計画が策定され、これを実行し得る体制が整備されていなければならない」と、原発から30㌔圏内の14市町村の避難計画を細かく見ている。
茨城県は2015年に「広域避難計画」を策定し、これに基づき、東海村など14市町村は具体的な計画を作ることにしていた。しかし策定したのは避難対象人口の少ない常陸太田市など5自治体にとどまっており、判決はそれも具体性がないと指摘している。そして避難人口が多い日立市、ひたちなか市、水戸市では避難計画ができていないと名指しし、「移動は深刻な渋滞を招き、短時間で避難することは困難」と述べている。
判決は最後に結論として、30㌔圏内の市町村では「原子力災害対策指針の定める段階的避難の防護措置が実現可能な避難計画及びこれを実行し得る体制が整えられているというにはほど遠い状態であり、人格権侵害の具体的危険がある」と述べ、原告の主張を認めている。
現在、住民の避難計画は、原電ではなく、関係する自治体が策定することになっている。私は以前から、民間の事業体である東京電力や日本原電が起こすかもしれない原発事故を想定した避難計画を当事者ではない地元自治体が作るのはおかしい、と考えてきた。それはともかく、今回の判決は、本筋では原電側の主張を認め、いわば土俵外のところで原告・住民の主張を認めた異例の判決だと言えよう。
判決の受け止め方
この判決について、翌日の新聞各紙やテレビは大きく報道した。地元紙茨城新聞は1面トップで「東海第2運転認めず 避難計画『不十分』」と伝え、他に4面を使い、住民の声や論点、今後の見通しなどを詳しく伝えている。在京紙の朝日、毎日、東京も1面トップ。隣県の下野新聞や沖縄の琉球新報もやはり1面トップだ。判決の影響が大きいことを物語っている。
解説や社説でも判決を支持する論調が多い。「これだけ多くの人たちが実際に避難できるのか。水戸地裁の判決は、わかりやすい論理で運転差し止めの結論を導いた。再稼働を目指す原発事業者にとって、自らの手の届かない『弱点』を突かれた。東海第二原発は東日本大震災で被災し、老朽化も進んでいる。そこまでして動かす必要があるのか」(「朝日」)。「実効性のある避難計画を作るのは机上の空論。現実を直視すれば、原発再稼働は極めて困難」(「東京」)。「判決は首都圏に近い密集地域での立地そのものを疑問視したに等しい。自治体は原発の是非を巡る議論とは別に、住民の生命を守る観点での対策が求められる」(「岩手日報」)。それらに対して読売新聞は「原子力発電所の再稼働は、国のエネルギー政策を左右する問題である。裁判所によって異なる判決が示されるたび、電力会社が翻弄される状況には、首をかしげざるを得ない」(3月19日社説)と、電力会社に肩入れした主張をしている。
関係者はどうか
では、当事者の受け止め方はどうか。
原電の村松衛社長は判決後の記者会見で「判決に承服できない。原判決を取り消していただけるよう争点の立証に全力を尽くす」と述べ、東京高裁に控訴した。一方、再稼働については「現時点では再稼働の意思決定は行っていない」と述べたが、同原発の安全対策工事は計画通りに進め、2022年12月に工事を完了させる考えだ。原電が国に提出した「使用前検査申請書」によれば、工事が完了する前の9月頃に燃料棒を装填し、検査に合格すると原子炉を起動したまま営業運転に入ることが考えられる。
一方、弁護団共同団長の河合弘之弁護士は「予想外の判決だ。実効性のある避難計画を立てることは不可能。健全な市民感覚に合った判決だ。他の原発訴訟にも影響が出るだろう」と評価した。また村上達也・東海村前村長は新聞のインタビューに「脱原発に向けた重要な一歩となる判決。人口密集地に原発を建ててはいけないという理に適っている」と述べている(「毎日新聞」)。また原告団の一人で、長いこと反対運動に関わってきた相沢一正さんは「判決を聞いた時、目頭が熱くなった」と語った。
この判決について、国や県の大井川知事、市町村の首長らは直接の評価は避けている。再稼働の是非について大井川知事は、当事者でないのでコメントは控えるとし、「安全性の検証と実効性のある避難計画の策定に取り組んだ上で、県民に情報を提供し、県民や避難計画を策定する市町村、県議会の意見を伺いながら判断する」と述べるにとどめた。
30㌔圏外の原告と被告双方が控訴したため、この裁判は今後、東京高裁で審理される。判決の分かれ目であり、争点となった住民の避難計画。水戸地裁での裁判では当事者ではなかった関係する市町村が矢面に立つことになる。高齢者や要介護者の移動手段と方法。バスと運転者の確保。コロナ禍によって必要となった避難所のスペースの確保。交通渋滞への対応。2次避難先の選定と交渉など、まさに課題は山積だ。
福島の事故から10年になる。福島第一原発周辺の10倍の人口を抱える東海第二原発。福島では未だに故郷に戻れない多くの住民がいる。東海第二原発で事故が起きれば、茨城県内だけでなく、首都圏をも直撃すると言われている。
3月に福島県飯舘村を訪れ、村長ら4人の話を聞いていて、「道を間違えたら引き返す勇気を持たなければ」と痛感した。私たちの世代が作った原発は危険極まりないことが分かった今、これを次の世代に引き継がせてはいけないと思っている。